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1970年代初頭、子供向けの番組として茶の間を席巻していた存在といえば、2大特撮ヒーロー『ウルトラマン』及び『仮面ライダー』である。この両者は、巨大な身体か等身大か、異星人か改造人間か…といった細かい違いこそあるものの、悪の怪獣ないし怪人に立ち向かう存在でかつ多彩な能力を有する「'''正義の万能ヒーロー'''」であるという重要な特徴が共通していた。
 
1970年代初頭、子供向けの番組として茶の間を席巻していた存在といえば、2大特撮ヒーロー『ウルトラマン』及び『仮面ライダー』である。この両者は、巨大な身体か等身大か、異星人か改造人間か…といった細かい違いこそあるものの、悪の怪獣ないし怪人に立ち向かう存在でかつ多彩な能力を有する「'''正義の万能ヒーロー'''」であるという重要な特徴が共通していた。
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1972年12月、日本で初めてのカラーロボットアニメ『アストロガンガー』に続き、永井豪原作の巨大ロボットアニメ『[[マジンガーZ(TV)|マジンガーZ]]』が放映を開始。『マジンガーZ』の作風は「様々な能力を備えた一騎当千のマシーン」が「悪の博士が繰り出す機械獣を打ち倒す」という、前述の2作品の系譜に連なる正義の万能ヒーローの物語であり、それゆえ[[マジンガーZ]]はウルトラマンや仮面ライダーといった「スーパー」ヒーローと概ね同様の意味合いで'''「スーパー」ロボット'''として認知されるようになる*1 。
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1972年12月、日本で初めてのカラーロボットアニメ『アストロガンガー』に続き、永井豪原作の巨大ロボットアニメ『[[マジンガーZ (TV)|マジンガーZ]]』が放映を開始。『マジンガーZ』の作風は「様々な能力を備えた一騎当千のマシーン」が「悪の博士が繰り出す機械獣を打ち倒す」という、前述の2作品の系譜に連なる正義の万能ヒーローの物語であり、それゆえ[[マジンガーZ]]はウルトラマンや仮面ライダーといった「スーパー」ヒーローと概ね同様の意味合いで'''「スーパー」ロボット'''として認知されるようになる*1 。
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『マジンガーZ』はTVアニメとして大ヒットを記録し、前述の2シリーズや『科学忍者隊ガッチャマン』等と並び、子供向けヒーローのジャンルで確固たる地位を築く。そして同作を皮切りとして、東映動画(現:東映アニメーション)は74年に『[[ゲッターロボ]]』『[[グレートマジンガー(TV)|グレートマジンガー]]』、75年に『[[ゲッターロボG]]』『[[UFOロボ グレンダイザー]]』『[[鋼鉄ジーグ]]』と、永井豪及び石川賢原作の巨大ロボットアニメ(即ち、今日言うところのダイナミックプロ系列の作品)を立て続けに放映、いずれもヒットを飛ばす。また、75年には東北新社が『[[勇者ライディーン]]』を、76年から79年にかけて東映が『[[未来ロボ ダルタニアス]]』を含む『[[ロマンロボシリーズ]]』、更に同シリーズと並行して『[[大空魔竜ガイキング]]』を放映するなど、ロボットアニメ作品の黄金時代を迎える。そしてこれらの一連の作品を通じて確固たるものとなった概念が「スーパーロボットが活躍するアニメ」、即ち「'''スーパーロボットアニメ'''('''スーパー系の作品''')」である*2 。
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『マジンガーZ』はTVアニメとして大ヒットを記録し、前述の2シリーズや『科学忍者隊ガッチャマン』等と並び、子供向けヒーローのジャンルで確固たる地位を築く。そして同作を皮切りとして、東映動画(現:東映アニメーション)は74年に『[[ゲッターロボ]]』『[[グレートマジンガー (TV)|グレートマジンガー]]』、75年に『[[ゲッターロボG]]』『[[UFOロボ グレンダイザー]]』『[[鋼鉄ジーグ]]』と、永井豪及び石川賢原作の巨大ロボットアニメ(即ち、今日言うところのダイナミックプロ系列の作品)を立て続けに放映、いずれもヒットを飛ばす。また、75年には東北新社が『[[勇者ライディーン]]』を、76年から79年にかけて東映が『[[未来ロボ ダルタニアス]]』を含む『[[ロマンロボシリーズ]]』、更に同シリーズと並行して『[[大空魔竜ガイキング]]』を放映するなど、ロボットアニメ作品の黄金時代を迎える。そしてこれらの一連の作品を通じて確固たるものとなった概念が「スーパーロボットが活躍するアニメ」、即ち「'''スーパーロボットアニメ'''('''スーパー系の作品''')」である*2 。
    
これらの作品は(勿論のことながら)それぞれが独自の個性を内包した作品であり、紋切り型にスーパー系と区分する事に対しては批判の声もある。しかしながらこれらの作品は、これまで述べた「一騎当千の正義のヒーローロボットの活躍」「最終目的は悪の侵略者の親玉を打ち倒すこと」という共有の下敷きを基にして生まれた要素を多く内包しているのは事実である。こんにちスーパー系的であると捉えられている、一種の「型」とも呼ぶべき要素の多くは、この時期に多くの作品が製作される中で醸成された様式美のようなものであると言える。
 
これらの作品は(勿論のことながら)それぞれが独自の個性を内包した作品であり、紋切り型にスーパー系と区分する事に対しては批判の声もある。しかしながらこれらの作品は、これまで述べた「一騎当千の正義のヒーローロボットの活躍」「最終目的は悪の侵略者の親玉を打ち倒すこと」という共有の下敷きを基にして生まれた要素を多く内包しているのは事実である。こんにちスーパー系的であると捉えられている、一種の「型」とも呼ぶべき要素の多くは、この時期に多くの作品が製作される中で醸成された様式美のようなものであると言える。
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90年代にもこれといって決定打となる方向性は発生しなかったが、敢えて一つ取り上げるとすれば95年に放映された『[[新世紀エヴァンゲリオン]]』であろう。同作最大の特徴は、主人公が抗うべき対象が「悪の組織」でも「戦争という現実」でもなく、「隣人」と「自分自身」であったことである。この点を意識した作りになっているのが翌96年に放映された『[[機動戦艦ナデシコ]]』であるが、同作の佐藤監督の見解を参考に総括すれば、70年代アニメにおける戦いの動機は「『正義』『愛』という分かりやすい概念」、80年代になると「普遍的な正義などない(=戦争での大義のように、立場によって左右されるもの)のだから、現実を自分なりに咀嚼し、納得いく立ち回りをすること」というスタンスに移行する。これに対し90年代は(氏は決定打ではないと前置きしているものの)「自身が周囲との関係の中で存在していることを理解し、その存在意義を見出すこと」という、一種の自己実現的な戦いの動機が新たに台頭している。このような傾向は99年に放映された『無限のリヴァイアス(SRW未参戦)』等にも見られ、新たな一つの潮流となったことは確かである。
 
90年代にもこれといって決定打となる方向性は発生しなかったが、敢えて一つ取り上げるとすれば95年に放映された『[[新世紀エヴァンゲリオン]]』であろう。同作最大の特徴は、主人公が抗うべき対象が「悪の組織」でも「戦争という現実」でもなく、「隣人」と「自分自身」であったことである。この点を意識した作りになっているのが翌96年に放映された『[[機動戦艦ナデシコ]]』であるが、同作の佐藤監督の見解を参考に総括すれば、70年代アニメにおける戦いの動機は「『正義』『愛』という分かりやすい概念」、80年代になると「普遍的な正義などない(=戦争での大義のように、立場によって左右されるもの)のだから、現実を自分なりに咀嚼し、納得いく立ち回りをすること」というスタンスに移行する。これに対し90年代は(氏は決定打ではないと前置きしているものの)「自身が周囲との関係の中で存在していることを理解し、その存在意義を見出すこと」という、一種の自己実現的な戦いの動機が新たに台頭している。このような傾向は99年に放映された『無限のリヴァイアス(SRW未参戦)』等にも見られ、新たな一つの潮流となったことは確かである。
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この新潮流に限らず、90年代は様々な新たな方向性が試みられており、2000年代以降もその傾向は続いている。ただ、いかなる方向性を前面に押し出して総括したとしても、確実に言えるのは、実際のところはこれまでに培われたスーパー、リアルそれぞれの「型」のうち、'''両方の要素をある程度ずつ含んでいる作品が相当数にのぼる'''という点である。そもそも、前述のスーパー、リアルそれぞれの「型」について、それらを全てを忠実に満たした純粋なスーパー系作品、リアル系作品というものはあくまで概念上存在するに過ぎないものであって、それぞれの黄金期以外の作品について(90年代以降は特に)スーパー系ないしリアル系のいずれかに明確に分類できる作品は多くない。
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== 2000年代以降のロボットアニメ ==
   
この流れはアニメ業界全体に多大な影響を与え、様々なジャンルで影響を受けた・それを模した作品が制作されることになり、ロボットアニメにおいてもそれは例外では無かったが、その流行が一段落すると衰退の現状が再認識され、引き続き新たなジャンルの方向性が試みられ続けることとなり、2010年以降の現在までその状態は続いている。ただ、いかなる方向性を前面に押し出して総括したとしても、確実に言えるのは、実際のところはこれまでに培われたスーパー、リアルそれぞれの「型」のうち、'''両方の要素をある程度ずつ含んでいる作品が相当数にのぼる'''という点である。現在ではそれらの「お約束」とも言える「型」を満たした作品がロボットアニメ扱いされるような状態になりつつあり、それらを外れたもの、特に"ロボットは出てくるがどちらかと言うとキャラクターがメインである"作品についてはまた一線を画した反応がされることが多く、ジャンルの幅を狭めるある種の制約・縛りとなっている面があるとも言える。そもそも、前述のスーパー、リアルそれぞれの「型」について、それらを全てを忠実に満たした純粋なスーパー系作品、リアル系作品というものはあくまで概念上存在するに過ぎないものであって、それぞれの黄金期以外の作品について(90年代以降は特に)スーパー系ないしリアル系のいずれかに明確に分類できる作品は多くない。
 
この流れはアニメ業界全体に多大な影響を与え、様々なジャンルで影響を受けた・それを模した作品が制作されることになり、ロボットアニメにおいてもそれは例外では無かったが、その流行が一段落すると衰退の現状が再認識され、引き続き新たなジャンルの方向性が試みられ続けることとなり、2010年以降の現在までその状態は続いている。ただ、いかなる方向性を前面に押し出して総括したとしても、確実に言えるのは、実際のところはこれまでに培われたスーパー、リアルそれぞれの「型」のうち、'''両方の要素をある程度ずつ含んでいる作品が相当数にのぼる'''という点である。現在ではそれらの「お約束」とも言える「型」を満たした作品がロボットアニメ扱いされるような状態になりつつあり、それらを外れたもの、特に"ロボットは出てくるがどちらかと言うとキャラクターがメインである"作品についてはまた一線を画した反応がされることが多く、ジャンルの幅を狭めるある種の制約・縛りとなっている面があるとも言える。そもそも、前述のスーパー、リアルそれぞれの「型」について、それらを全てを忠実に満たした純粋なスーパー系作品、リアル系作品というものはあくまで概念上存在するに過ぎないものであって、それぞれの黄金期以外の作品について(90年代以降は特に)スーパー系ないしリアル系のいずれかに明確に分類できる作品は多くない。
    
但し、ロボットアニメの源流とも呼ぶべき「スーパーロボット系」テイストには根強い需要があるようで、サンライズは90年にスーパー系要素と低年齢層向けの作劇を融合した『[[勇者シリーズ]]』を、翌91年に『[[エルドランシリーズ]]』をそれぞれ放映開始し、好評を博した。その後、同社が2000年に作成した『[[GEAR戦士電童]]』の他、2003年の『[[神魂合体ゴーダンナー!!]]』や2007年の『[[天元突破グレンラガン]]』など、典型的「スーパー系作品」と呼んで差し支えない作品は断続的に世に出続けている。
 
但し、ロボットアニメの源流とも呼ぶべき「スーパーロボット系」テイストには根強い需要があるようで、サンライズは90年にスーパー系要素と低年齢層向けの作劇を融合した『[[勇者シリーズ]]』を、翌91年に『[[エルドランシリーズ]]』をそれぞれ放映開始し、好評を博した。その後、同社が2000年に作成した『[[GEAR戦士電童]]』の他、2003年の『[[神魂合体ゴーダンナー!!]]』や2007年の『[[天元突破グレンラガン]]』など、典型的「スーパー系作品」と呼んで差し支えない作品は断続的に世に出続けている。
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=== 両者の基本的な特徴 ===
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== 両者の基本的な特徴 ==
 
前段で述べた通り、スーパー系は1970年代に、リアル系は1980年代前半に、多くの作品で培われた一種の「型」が存在している。そしてその下敷きとなっている前提は、スーパー系については「一騎当千の正義のヒーローロボットの活躍」「最終目的は悪の侵略者の親玉を打ち倒すこと」、リアル系については「戦いに明確な善悪のない『戦争』という舞台設定」「戦争をよりリアルに描くために練られた、よりリアルなSF考証や軍事考証・メカニック設定」という形に集約できる。
 
前段で述べた通り、スーパー系は1970年代に、リアル系は1980年代前半に、多くの作品で培われた一種の「型」が存在している。そしてその下敷きとなっている前提は、スーパー系については「一騎当千の正義のヒーローロボットの活躍」「最終目的は悪の侵略者の親玉を打ち倒すこと」、リアル系については「戦いに明確な善悪のない『戦争』という舞台設定」「戦争をよりリアルに描くために練られた、よりリアルなSF考証や軍事考証・メカニック設定」という形に集約できる。
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**前述の「物量」とあわせ、量産タイプの兵器の優劣がミリタリーバランスに極めて重要な影響を及ぼす。
 
**前述の「物量」とあわせ、量産タイプの兵器の優劣がミリタリーバランスに極めて重要な影響を及ぼす。
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=== スーパーロボット大戦におけるスーパーロボット・リアルロボット ===
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== スーパーロボット大戦におけるスーパーロボット・リアルロボット ==
 
前項までは、各種設定面から各ロボットをスーパー・リアルのいずれかに分類する仕方についての一般論の紹介である。
 
前項までは、各種設定面から各ロボットをスーパー・リアルのいずれかに分類する仕方についての一般論の紹介である。
  
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