差分
→概要
「テレビゲーム」の概念を一般家庭に根付かせその普及に大きく貢献したゲーム機であり、一時は「ファミコン」という略称が、他社のゲームハードすら含めたゲーム機全般を指す代名詞として用いられた程である。日本以外でも「Nintendo Entertainment System(NES〈ネス〉)」の名称で展開され、名称の最初を取って「ニンテンドー(Nintendo)」の代名詞で親しまれた。据え置き型ゲーム機としては第3世代に相当する。
「テレビゲーム」の概念を一般家庭に根付かせその普及に大きく貢献したゲーム機であり、一時は「ファミコン」という略称が、他社のゲームハードすら含めたゲーム機全般を指す代名詞として用いられた程である。日本以外でも「Nintendo Entertainment System(NES〈ネス〉)」の名称で展開され、名称の最初を取って「ニンテンドー(Nintendo)」の代名詞で親しまれた。据え置き型ゲーム機としては第3世代に相当する。
ファミコン以前のゲーム機では汎用ICチップの採用例が多かったため、グラフィック処理性能や画面解像度は低く(100×100程度)、色数も数色程度で、画面スクロールの実現も難しいゲーム機が多かった。また多くのメーカーが「PC(当時はマイコン)としても扱える」汎用ゲーム機を発売していた為、ファミコンは他社との差別化のため「ゲーム専用機」として設計される事となる。その上で価格を14800円で抑える為に、リコー製のICチップ(MOS 6502)ベースにカスタム化を行い、更なるコストダウンのため発色数や音源数の仕様を現場開発者が決定した。操作系はそれまで主流であったジョイスティック式ではなく、任天堂自社製品であるゲーム&ウォッチでも使用されていた十字型のボタンキーを採用した。画面解像度は256×224~240、発色数は52色。
発売後2年間での販売台数も好調だったが、知名度を更に爆発的に高めたのは1985年に発売された『スーパーマリオブラザース』(任天堂)で、本作から高速なスクロールやスプライト処理などが更に洗練された事、「サードパーティ」と呼ばれるライセンシー契約による協業他社のソフトウェア開発参入により、市場の成長が加速した。
発売後2年間での販売台数も好調だったが、知名度を更に爆発的に高めたのは1985年に発売された『スーパーマリオブラザース』(任天堂)で、本作から高速なスクロールやスプライト処理などが更に洗練された事、「サードパーティ」と呼ばれるライセンシー契約による協業他社のソフトウェア開発参入により、市場の成長が加速した。